次の日、あろうことか便意で起きてしまった。
不覚にもトイレットペーパーを持参していなかった僕は、野糞しようにもできなかった。
ケツの穴からくる激痛に耐えながらテントを畳み、散らかし放題にしていた食器や小道具を自転車のリアキャリアバッグにまとめて走り出した。
初山別村の道の駅で一本糞を出し、ようやく落ち着いた所でツーリングマップ2011年北海道版を開く。
ツーリングマップというのはライダー向けに作られた地図冊子。
おすすめのグルメや名所、名産はもちろんのこと、バイクで走って楽しい道なども掲載されている。
僕はバイク乗りではないが、チャリダーからしてもタメになる情報をゲットできるので愛用している。
ツーリングマップ2011年北海道版によるとこの先、天塩町というところで国道232は内陸に入るらしい。
替わりに海沿いに伸びる道道106号線は60キロ間信号、ガードレールのない道が続くらしい。
ライダーによると、
「THE 北海道!」と思わせるような道
だそうだ。
この道を使おう。
そう思った。
天塩の町を抜けて道道106号線に入る。
道がめちゃくちゃ広い。
どこまでも変わり映えしない道で広大である。
これが北海道の道なのか。
確かに面白く楽しかった。
最初の一時間くらいは……。
走って一時間くらいしたら、いつまで漕いでも景色は変化しないし道も単調で、見どころは途中に並んで建てられた29機の風力発電機と北緯45度モニュメントくらいしかないことに退屈し始めていた。
そしてなによりも辛かったのが常時吹く向かい風である。
前日までは風はこれっぽっちも吹いてなかったのに、よりによってこんなときに吹くとは思わなかった。
この道は遮るものがないので、一度風が来たらずっとそのままだ。
勾配は大したことないのだが、まるで上り坂を登っているときみたいに自転車の速度は落ちた。
そんな中走っていて空腹を感じたときは焦った。
このときまだ30キロくらいしか走っていなかったし、道道106号線にコンビニらしきものがあるとは思えなかった。
これはヤバい。
空腹になったらまともに走れないぞ。
今日中に稚内の街に辿り着かなければ、下手したら餓死……?
そう思ったときには全力でペダルを漕ぎ始めた。
稚内市の看板に差し掛かった時は少しホッとしてしまったが、ツーリングマップ2011年北海道版を見る限り市街地はまだまだ先で、左手に見える利尻富士をのんびり眺める暇もなく必死でペダルを漕いだ。
陽が暮れかかったころ、北海道民ご用達のコンビニ『セイコーマート』の灯りが見えたときは少し感動した。
人工の光も悪くない。
そう思ってしまった。
結局疲れ果てながらも稚内に辿り着いた。
日本最北端の街。
自力でここまで来てしまったときは少し信じられない気分であったが、小樽以上にひんやりとした気温を肌で感じている限りはとんでもないところにいることを認めざるを得なかった。
そしてその直後に目的地にたどり着いた実感が湧いてきた。
そう、自力で来てしまったのだ!
最北端の街に!
俺は自転車で!
その喜びはまるで一週間我慢したあとのマスターベーションに近い心地よさと解放感があった。
この日はノシャップ岬という場所で野宿した。
次の日はすぐには宗谷岬に向かわずにハートランドフェリーで利尻島と礼文島を観光し、その後に向かった。
宗谷岬。
日本最北端の地というのはどういうものなのだろうかと楽しみだった。
しかし辿り着いた宗谷岬は、巨大な三角のモニュメントと間宮林蔵の銅像と土産屋が数軒あるだけのちっとも最北端らしくない場所で、悲しくなった僕は、そのままオホーツク沿岸沿いを走り出すのであった。